私たちは、日々の選択や行動をどこまで“自分で決めて”生きているでしょうか。
アドラー心理学が説く「五大前提」は、人が“他者とつながりながら、自分の意思で未来を創る存在”であることを教えてくれます。
そしていま、awabotaが実現しようとしている「信用で生きる社会」もまた、アドラーの哲学と深く重なります。
DIDやVC、信用スコアというWeb5の仕組みは、単なるデジタル技術ではありません。
それは、私たち一人ひとりが「どう生きたいか」「どう貢献したいか」を表す“信頼の証”です。
本記事では、アドラー心理学の五大前提をもとに、awabotaが描く“信頼の新しいかたち”を読み解きます。
アドラー心理学の「五大前提」とは?
アドラー心理学は、100年以上前に生まれた“人を勇気づける心理学”です。
その根本にある考え方に、「五大前提」と呼ばれる、人間理解のための基本的なものがあります。
これは単なる理論ではなく、私たちがどう生きるか、どう他者と関わるかを決める土台といえます。
原因論を使わずに目的論ですべてを理解・活用すると言ったものです。
ここからは、その五大前提をひとつずつ見ていきましょう。
① 自己決定性とは何か?
「自己決定性」とは、自分の人生は自分で決定するものであるという考え方のことです。
誰かのせいにでも、置かれた環境のせいでもなく、全ての結果を生み出しているのは”自分”だと言われています。
awabotaの世界でいえば、自分の信頼を自ら育てていく姿勢が、この自己決定性と重なります。
② 目的論とは何か?
「目的論」とは、人は過去の原因に突き動かされているのではなく、未来の目標の引っ張られるように行動しているという考え方のことです。
原因は関係なく、人は未来のために目的を持って行動する生き物と言っています。
awabotaで人が信用スコアを積み上げるのも、信頼される自分でありたいという目的があるからです。
③ 全体論とは何か?
「全体論」とは、人の心は矛盾せず、理性と感情、心と体、は全てつながった1つのものという考えです。
意識と無意識は1つのもの。理性と感情は分割不可能と言っています。
awabotaでは、個人の想いや行動履歴がVC(Verifiable Credential)として証明されます。
その仕組みは、まさに“人の全体性”を尊重するもの。
行動の裏にある想いまでも含めて「信頼」を記録しようとする点で、全体論の思想と深く共鳴しています。
④ 対人関係論とは何か?
「対人関係論」とは、人のあらゆる行動は相手役が存在するという考えです。
人との関係なしに行動は生まれないし、自分も相手役もお互いに影響を受け合っていると考えられています。
awabotaでは誰かのために動くことで、自分も信頼されるという心理の循環が、デジタルの形で再現されています。
⑤ 認知論とは何か?
「認知論」とは、人はあらゆる物事を主観的に認識しているという考えです。
要するに、誰もが受け取りたいように受け取り、人それぞれ、感じ方は異なるということです。
awabotaでの活動も同じ。
挑戦=リスクではなく、挑戦=信頼を積むチャンスと認知できる人こそ、
信用の輪を広げていく存在になるのです。
心理学が「心の信頼」を扱うなら、Web5は「社会の信頼」を扱う。
この二つが重なり合うところに、私たちが向かう“信頼で生きる社会”の原型が見えてきます。
awabotaが体現する「信頼の心理学」
DID・VC・信用スコアの3つにより“まるで別世界”
awabotaでは、行動や貢献の証跡をWeb5のDID(分散型ID)と
VC(Verifiable Credential)で残し、信用スコアに反映していきます。
VCは、行動や信用を”みえる資産”に変える仕組みと、awabota主宰のかずくんはおっしゃっています。
また、MDを販売する、仲間を手伝う、イベント運営に関わる。
こうした行動が、信用スコアとして積み重なり、VCにより信用が証明されることになります。
目的論 × 「貢献で評価される」設計
「承認を集めるため」よりも「誰かの役に立つため」を中心に据え、
学びの共有、実務の支援、コミュニティへの参加といった“貢献行動”が評価される。
目的意識を持った行動が積み重なり、VCと信用スコアに記録されることで、
“やるべきこと”と“やりたいこと”が一致しやすくなります。
共同体感覚がWeb5の信頼ネットワークとして再現
アドラーの共同体感覚は、「私は共同体の一員で、共同体に役立つことができる」という感覚。
Web5的な分散アイデンティティとVCの仕組みは、この感覚をデジタル上で育てやすくします。
このように、awabotaはアドラー心理学の核心──目的をもって自ら選び、他者に貢献し、共同体の一員として生きる──を、デジタルの仕組みで後押ししています。
心の在り方とテクノロジーが重なったとき、信頼は“感じるもの”から“育てて共有できる資産”へと変わっていきます。


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